がむばれ!オヤジ

往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし

劣化のスピード

結局、「死ぬ」ってことは、

「劣化のスピード」の違いなんだな、

とうちの母親を見ていて思った。

 

母は、まだ生命力が強いようで、

劣化はしながらも、一方で回復もしているので、

少しずつしか死は近づいてきていないようだ。

 

それに比べて私は、着実に劣化し続けている気がする。

朝から雨が降り続くと、

仕事が残っていたストレスもあってか、

心臓の鼓動のリズムがおかしいまま半日を過ごした。

 

昼過ぎにやっと仕事から解放されて、

ごろごろしていたら、それも気にならなくなり、

今は異常もなくなったようだ。

 

1か月前ほどだったか、

instagramで相互フォローしていた外国の女性が

突然亡くなった。

お互い言葉がわからないので、

写真を見ているだけだったが、

その島に住む別の人のストーリーズで

葬儀の様子が流れていて、彼女の死を知った。

上か下かはよくわからないが、

私とそれほど年齢も離れていなかった人だったろう。

 

10日ほど前のこと、

今度はこれも外国の島に住む

別の女性のペットの犬が死んだ。

名残を惜しんで

いまだにその犬の画像がアップされている。

 

twitterとかfacebookとかとは違い、

文字ではなく画像がメインのSNSだからだろうか、

こういうことが起こりやすいのかもしれない。

というか、見る側が「死」を感じやすいのだろう。

 

最近は、フォローしている外国の若者を見ていても、

ペットたちの様子を見ていても、

あぁ、命って、「波動」なんだなぁ、

と感じることが多い。

言葉がなかなか通じないから

余計にそう思うのかもしれない。

 

いつその波動が止まって、

ただの抜け殻になってしまうのか。

いつその波が破壊されて、

バラバラになってしまうのか。

私にとってそのときはそんなに遠くなさそうだ。

だから、もっと大切に生きたいと思う。