がむばれ!オヤジ

往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし

Dhammapada 252

他人の過失は見やすいけれど、自己の過失は見がたい。ひとは他人の過失を籾殻のように吹き散らす。しかし自分の過失は、隠してしまう。ーー狡猾な賭博師が不利な骰(サイ)の目をかくしてしまうように。

 

ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)

ブッダの真理のことば・感興のことば (岩波文庫)

 

  今年の初めからDhammapadaを手帳に小さな文字で毎日書くようにしている。

それでも、この心は定まることがない。

まだまだ修行が足らないようだ。

 

書き損じがあると、心が乱れているのがわかる。

文字が見えにくいと書き損じしやすい。

年取って、文字がかすんで見えるのは、

焦点を調節する筋肉の働きが弱ってくるからのようだが、

実は、だんだん真実の姿が、ありのままの姿が

見えるようになってきているのかもしれない。

 

本当の現実は、

揺れ動いている実体のない存在なのだ、と

教えてくれているのかもしれない。

そして、私という存在も

その波に揺られるようにして

すぐに乱れてしまう波に過ぎないのだ。