がむばれ!オヤジ

往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし

むだづかい

 

 昨日、買い物に行って、お金を使いすぎた。Waonで支払ったので、金銭感覚が甘かったのかもしれない。

 

そして、帰ってきてからもネットで買い物をした。

(かなり物欲目覚めたか?といっても中学生の小遣い程度だが)

 

エラ・アンド・ルイ

エラ・アンド・ルイ

 

 

 

 

 

BALLADS

BALLADS

 

 私らの世代は、アナログレコード、カセットテープ、CD、MDとメディアの変更に悩まされて、結局今はMP3にまとめることができないものを、またMP3に買い替えるというような状態。

 

昔の名盤が、MP3で買えば、こんな値段で売られているのは半分ありがたいが、情けないような気もする。

 

日本の昔のLPなんかは、また「定価」に戻ってしまったものもあるようだ。

 

 そんなにしょっちゅう聞くわけではないので、アナログをMDに入れたものを、たまに壊れかけのMDプレイヤーで聞くことで満足しておくことにしよう。

 

それより、昨日入ってきた大量の仕事をこなさなくちゃ。。。

 

初めてのGGday

はいはいジジイですよ。

 

うちの最寄りのスーパーはイオンだが、

3kmほど離れている。

 

今日は15日だということで、

嫁さんに言われて買い物に行ってきた。

 

5%引きということで、

ついつい買いすぎた。

 

うちへ帰って鷹の爪を入れた料理と作ったが、

初めて入れたので、要領がわからず、

3本も入れたので、辛くて食えなかった。。。

 

この歳になっても初体験ってのは難しいもんだ。

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ホモサピエンスとネアンデルタール

instagramをやっていたころから

ちょっと自分の中で引っかかっていたことがあった。

 

それは、「ホモサピエンス」と「ネアンデルタール人」のこと。

 

どうも我々ホモサピエンスの遺伝子の20%程度はネアンデルタール由来らしい。

www.nikkei.com

なんでそんなことに引っかかるかというと、

欧米系の人の顔を見ていると、

アフリカ系やアジア系の顔と

あまりにもつながりが感じられないからだ。

 

要するに欧米人の方がネアンデルタールの要素が強いんじゃないか、

ということ。

 

この記事を読んで、そんなことを考えていたのを思い出した。

coach.co.jp

ネアンデルタールの集団は家族中心。

ホモサピエンスはその何倍~何十倍の集団を作る。

 

というような内容が含まれている。

 

ネアンデルタールの方が体格は大きかったようで、

脳の容積はホモサピエンスと変わらなかったという。

 

となると、どうしてネアンデルタールが滅びたか。

ホモサピエンスが数にものを言わせて、というストーリーが浮かび上がってくる。

(個人的考え)

どうして混血が起こったか。

きっとどちらかがどちらかを「奴隷」にした結果だろう。

同じホモサピエンス間でもいがみ合うんだから、

異種間で結婚などということはあまり考えられない。

(そう考えること自体がホモサピエンスの「凶暴性」かもしれないが。)

 

だから、髪の毛の色が違ったり、

肌の色が違ったり、

目の色が違ったりという

ことが欧米人に起こっている、

というのが知恵足らずの私の結論だ。

 

そしてさらに、私の妄想は続く。

ネアンデルタールの「恨み」が今でもその遺伝子に乗っかっていて、

それが「ホモサピエンス絶滅」の機会をうかがっている。

 

まぁ、私一人でそんなことを心配していても、

だれの得にも、だれのためにもならないんですけど。

 

神様は現時点で、もしかしたらそれを望んでいらっしゃるのかもしれないけれど。

 

 

にがてなこと

本のページをめくること。

原稿を1枚1枚めくること。

机の上や、床に落ちたコインを拾うこと。

 

首の神経がいかれちまったので、 できなくなっちまったのさ。これに期待するほど寿命は残っちゃいねぇぜ。

 

www.yomiuri.co.jp

 

手書きの中国語を読み取ること。

特に繁体字

 

老眼だからwww。今日、そういう仕事が入って、断ってやったぜ。ぶはは。。。 

 

だんだんと、歩くことにも苦手領域が広がりつつある。

 

昔、屋根から落ちた時に、足首の軟骨がつぶれちまったのが、年取って出てきたのさ。首の方も同じことが原因だろうぜ。最近は、ウォーキングのときに、これにお世話になっているが、他人に見られたくないので、暗がりに「不審者ウォーキング」www

 

 

 というわけで、断った分、休ませてもらうぜ!

https://stat.ameba.jp/user_images/20161119/08/kanamemayo/1d/26/j/o0200015013801378599.jpg?caw=800

そうぎ

会場に足を踏み入れるとすぐに、私が来るべき場所ではないことがわかった。大勢の中学生たちが固まって座っていた。彼は、中学の教師だったのだ。

 

その塊に気をとられて、どこに座ったらよいのか迷った。その後、続々と教師たちが駆け付けてきた。

 

私は、ここへこれば、昔の知り合いのだれかにでも会える、ととんでもない勘違いをして来てしまったことをようやく自分で悟った。実際、知り合いは、亡くなった彼のいとこである、それも私らの同級生のやつ一人だけで、遠く離れた親族席に座っていた。ここらへんの学校関係の葬儀はどんなものか、みんな知ってて来ていなかったのかもしれない。

 

教師たちに囲まれて、なにか「アノニマス」の仮面をかぶった集団に囲まれているような気分だった。表街道を歩いた人の葬式はこういうものなのか。葬儀が始まる前にすでに、自分が裏街道を歩き続けて、完全に「失敗」の人生だったことを思い知らされて、こんな場所でそんなことに後悔していた。

 

葬儀が始まった。うちの檀家であるお寺さんだった。あのお寺の葬式はこういうふうにやるのか。そのときはじめて知った。いつもは「お東」の葬式にしか行っていなかったからだ。

 

先生たちは、さっきまでざわついたり、あとから来た人間に手招きしたり、やっぱり「大人をかぶった子供」だと思っていたが、今は静まり返っていた。

 

生徒会長が弔辞を述べた。あまりにも上手すぎる。「そんなこと、生きているうちに言ってやれよ。今になってからじゃ、あいつは聞いていないぜ。」と思って半分は聞いていた。これが学校の実態なのだ。それでも、生徒会長本人にとっては、正直な感謝の言葉だったのだろう。

 

最後に喪主である奥さんがあいさつした。あまりにもすごい人生、と私には思えた。

 

普通に仕事もして、お風呂に入って、食事して、寝て、、、唇の色がおかしいと思って声をかけたら、そのままだった。そんなに誰にも迷惑をかけないまま死ぬなんて、願ったって出来るもんじゃない。

 

一度会社勤めしてから、通信教育で資格を取って、教師になったという。教員資格から逃げ出した私とは正反対の生き方。だから「表」と「裏」に分かれてしまったのだ。日曜日ということもあるが、生徒がこれだけ来ているのだから、信頼も厚かったのだろう、学年主任だったそうだ。

 

「お前、そのままじゃ、いい死に方はできないぜ」と思った彼が、私をここに呼んだのかもしれなかった。

 

葬儀の前に帰ろうとも思ったが、最後までいてよかったぜ。ありがとう。立派な人生だったよ。

ようやく一息

長い間続いていた仕事がようやく終わり、

納品を完了した。

 

こんなに手間取ったのは、

だんだん世の中の流れについていけなくなってきた証拠なのか?

 

訳語がすんなりと見つからないということは、

日中両国とも未成熟な分野だということだろうか?

 

大元の英語をそれぞれの言語に訳した段階で、

定訳がないものだから、適当に処理したと思われる部分が

しばしば見受けられた。

 

とにかく、こういう内容には

かなりストレスを感じさせられた。

 

そういえば、その前の週の案件も

似たような状況だった。

 

ほっと一息ついているところに、

また仕事が舞い込んで、

「鬼か!?」と思ったが、

こちらの方はさっさと片付いたので、

助かった。

 

次の仕事が入るまで、

ゆっくり休ませてもらおう。